緊急事態時に国会議員の任期延長を認める憲法改正に反対する会長声明 

衆議院憲法審査会では,昨年の通常国会や臨時国会において,大規模災害や戦争等の緊急事態時においても国会の権能を維持するためとして,国会議員の任期延長を認める憲法改正案について集中的な議論が行われた。このような情勢のもと,今年の国会においても同改正案についての議論が進展することが予想される。

しかしながら,以下に述べる理由から,上記のような憲法改正案は,到底是認できない。

  1. 1.国民の選挙権の著しい制約となること
    1. (1)憲法は,前文及び第1条において,主権が国民に存することを宣言し,国民は正当に選挙された国会における代表者を通じて行動すると定めるとともに,第43条第1項において,国会の両議院は全国民を代表する選挙された議員でこれを組織すると定め,第15条第1項において,公務員を選定し,及びこれを罷免することは,国民固有の権利であると定めて,国民に対し,主権者として,両議院の議員の選挙において投票することによって国の政治に参加することができる権利を保障している。すなわち,国民の選挙権は,日本国憲法の基本原理である国民主権の発現であり,主権者である国民の固有の権利であるから最大限保障されるべきであり,その制限には強い謙抑性が求められる。
        しかし,現在議論されている改正案は,「我が国に対する外部からの武力攻撃」等の緊急事態において,「選挙の一体性が害されるほどの広範な地域において,国政選挙の適正な実施が70日を超えて困難であることが明らかである」等の場合に,国会の事前承認を経て内閣が衆議院議員の任期を延長する認定を行う,という内容であり,国民は緊急事態時には国政選挙における選挙権行使の機会を一律に奪われることになる。
        国民主権の根幹である国民の選挙権を強く制約する改正案は,認められない。
    2. (2)加えて,同改正案には,数多の問題点が存在する。
        まず,同改正案において,任期延長を認定するのは内閣であるとされているが,我が国は議院内閣制をとっており,通常,国会の多数と内閣総理大臣は同一の政党に属するなど,その政治的立場を共通にしているから,国会の承認に加えて内閣の決定等を必要としたとしても,実質的には国会議員自身がその任期延長を決定するに等しく,任期延長の判断が利己的となるおそれを払拭することはできない。
        また,改正案では,任期延長の要件として「選挙の一体性が害されるほどの広範な地域」や「国政選挙の適正な実施が70日を超えて困難」といった要件が示されているところ,その内容は具体性に欠けており,判断基準として不明確と言わざるを得ず,このような要件では,判断基準の客観性を確保することはできない。
        さらに,改正案では,任期延長期間の上限を定めているものの,任期の再延長が可能とされているため,国民は長期間にわたって選挙権行使の機会を不当に奪われることになりかねない。
    3. (3)以上のとおり,緊急事態時に国会議員の任期延長を認める憲法改正案は,国民主権原理に基づく国民の選挙権の著しい制約となる。
        国民の選挙権の制限については,強い謙抑性が求められるのであるから,同改正案は許容され得ない。
  1. 2.緊急事態時には参議院の緊急集会を軸にして対応可能であること

    憲法審査会における議論においては,衆議院が解散した時又は衆参両議院の任期満了時に大規模災害や戦争等のために選挙が実施不能となれば議員不在となる点が問題視されている。

    確かに議会政治維持の重要性は,平時でも緊急時でも変わることはない。しかし任期を延長して,選挙による国民の信託という民主的正当性の根拠を任期満了により失っている議員の活動継続を認めることが,議会政治を維持する要請を充たすことになるとは言えない。

    また,国会は二院制であり,参議院は3年ごとに議員の半数が改選される(憲法第46条)ため,衆議院の解散時や衆参両議員の任期満了時においても,国会議員が全員不在となることはない。

    加えて,憲法第54条第2項は,衆議院が解散中に,緊急の必要があるときは,内閣が参議院の緊急集会を求めることができると規定し,緊急時,暫定的に参議院のみで国会権能を維持する枠組みを定めている。そして,この緊急集会は,衆議院議員の任期満了時にも開催できるという解釈が有力である。さらに同条第3項は,この参議院の緊急集会で採られた措置は臨時のもので,次の国会開会の後10日以内に衆議院の同意がない場合にはその効力を失うと定め,緊急時の措置に対する衆議院の関与の機会を保障している。

    このように現行憲法においても,参議院の緊急集会によって国会権能を維持する枠組みは設けられており,緊急事態時において国会議員の任期延長を認めずとも国会権能を維持することは可能である。

    以上のとおり,緊急事態の発生時に選挙が実施不能となって国会議員が不在となるとの問題に対しては,憲法はあらかじめ参議院の緊急集会を定めているのであり,参議院の緊急集会を軸とした上で,緊急事態時であっても可及的速やかに選挙を実施することができるように,選挙制度を整備・創設する方向での議論がなされるべきである。

  1. 3.緊急事態時に可及的速やかに選挙を実施できる選挙制度の整備・創設こそが重要であること

    緊急事態時における選挙制度の在り方については,日本弁護士連合会をはじめとする多くの法曹団体から,①平時において,選挙管理委員会に対し,選挙人名簿のバックアップを取ることを義務付けること,②大規模災害が発生した場合には,避難者が避難先の市町村の選挙管理委員会に出向いて投票を行うことができる制度を創設すること,③公職選挙法上の郵便投票制度の要件を緩和することにより,被災者が避難先から郵便により投票できる制度を備えること,④災害対策基本法上の被災自治体への職員派遣制度の弾力的運用,⑤現行の繰延投票制度(公職選挙法第57条)を用いることで一部の投票所において投票を繰り延べることや⑥新たに選挙自体を延期する制度を創設することといった,関連法制の整備によって可及的速やかに選挙を実施する方策が提示されている。

    国会における審議においては,国民主権原理に正面から抵触するような憲法改正による国会議員の任期延長を検討するのではなく,上記のような公職選挙法の改正等の選挙制度の整備・創設によって,緊急事態時においても可及的速やかに選挙が実施できるようにすることで,国民の選挙権行使の機会を確保する方向での検討こそがなされるべきである。

 

以上の理由により,当会は,緊急事態時に国会議員の任期延長を認める憲法改正案には反対する。

 

2024年(令和6年)3月28日
静岡県弁護士会
会長 杉田 直樹