最低賃金額の大幅な引上げを求める会長声明

新型コロナウイルスの感染拡大により,経営基盤が脆弱な多くの中小企業が倒産,廃業に追い込まれる懸念が広がる中,最低賃金の引上げが企業経営に与える影響を重視して引上げを抑制すべきという議論が多数を占め,中央最低賃金審議会は,2020年度の地域別最低賃金額の引上げ額について目安額の提示を見送った。

これを受けて,静岡地方最低賃金審議会は最低賃金を改正しないとする旨の答申を行い,静岡労働局長は静岡県の最低賃金を同審議会の答申どおり改正しないことを決定し,2019年度と同じ時間額885円に据え置いた。全国的に見ると,同じく最低賃金の引上げがなされなかったのは,東京都,大阪府,京都府,広島県,北海道,山口県と少数の都道府県であり,多くの地域ではその引上げがなされた。なお,引上げがなされた地域においても1円ないし3円の引上げ幅にとどまる。

 

一方,2021年の各国の状況を見ると,イギリスでは,4月に成人(25歳以上)の最低賃金が8.72ポンドから8.91ポンド(約1354円)へ,フランスでは,1月に10.15ユーロから10.25ユーロ(約1332円)へ,ドイツでは,1月に9.35ユーロから9.50ユーロ(約1235円)へ引き上げられた。アメリカは,地域によって開きはあるものの,ワシントンDCでは14ドルから15ドル(約1635円),ニューヨーク州では11.80ドルから12.50ドル(約1362円)へ引上げられた。このように,多くの国で,コロナ禍でも最低賃金の引上げが実現していることに加え,我が国の最低賃金はその水準が依然として低いことから,2021年度の大幅な引上げが必要である。

 

もとより,静岡県の時間額885円という水準は,1日8時間,週40時間働いたとしても,月収約15万6000円,年収約187万円にしかならない。先般,全国労働組合総連合が発表した静岡県立大学短期大学部中澤秀一准教授による全国最低生計費試算調査の結果によると,25歳単身・賃貸住居の場合,人並みの生活に必要な費用は,月約23万円と試算されており,これを時間額に換算すると,最低でも約1300円が必要である。

したがって,現在の水準では,労働者が賃金だけで自らの生活を維持していくことは到底困難である。仮に時間額1000円であったとしても,年収ではいわゆるワーキングプアと呼ばれる水準である200万円をわずかに超える程度にしかならないのである。このように,多くの非正規雇用労働者をはじめとする最低賃金付近の低賃金労働を強いられている労働者は,もともと日々生活するだけで精一杯で十分な貯蓄を蓄えることができておらず,ここに根本的な問題がある。

 

最低賃金の地域間格差は依然として大きく,ますます拡大していることも見過ごしてはならない。2020年の最低賃金は,最も高い東京都で時間額1013円であるのに対し,静岡県の時間額885円との差は128円である。一方,最も低い7県は時間額792円であり,東京都と221円もの開きがあった。前出の最低生計費調査によれば,都市部と地方とを比較した場合,都市部に比べ,地方では家賃は低いものの生活のためには自動車が必要となることから地域間で大きな差異は生じていない。

最低賃金の高低と人口の転入出には強い相関関係があり,最低賃金の低い地方の経済が停滞し,地域間の格差が固定,拡大する傾向にある。静岡県に隣接する神奈川県と比べた場合,神奈川県の時間額は1012円となっており,その差は127円であった。静岡県熱海市と神奈川県湯河原町の県境を流れる千歳川を境に,大きな格差が生じており人材の流出・労働力不足の深刻化が懸念される。

都市部への労働力の集中を緩和し,地域に労働力を確保することは,地域経済の活性化のみならず,都市部での感染症の拡大防止や社会関係上の様々なリスクを分散する上でも有用といえる。

コロナ禍で地域経済が疲弊している今こそ,最低賃金の引上げによって地域経済を活性化することが求められているのである。

 

一方,中央最低賃金審議会の答申のとおり,最低賃金の引上げは,企業の経営に大きな影響を与えることが懸念される。この点,最低賃金引上げに伴う中小企業への支援策について,現在,国は「業務改善助成金」制度により,影響を受ける中小企業に対する支援を実施している。しかし,中小企業にとって必ずしも使い勝手の良いものとはなっておらず,利用件数はごく少数である。我が国の経済を支えている中小企業が,最低賃金を引き上げても円滑に企業運営を行えるように充分な支援策を講じることが必要である。例えば,諸外国で採用されている社会保険料の事業主負担部分を免除・軽減することによる支援策を検討すべきである。

 

当会は,これらのことを前提として,地域経済の健全な発展を促すとともに,労働者の健康で文化的な生活を確保するという見地から,静岡地方最低賃金審議会に対し,先ずは時間額1000円を達成すべく最低賃金の大幅な引き上げを内容とする答申を静岡労働局長に行なうことを強く求める。

 

2021年(令和3年)6月25日
静岡県弁護士会
会長 諏訪部 史人

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