水道事業の民営化に懸念を表明し,自治体に対して慎重な対応を求める会長声明 

  1.  2018年12月6日の臨時国会において,水道法の一部改正法案が可決成立した。改正法は,人口の減少に伴う水の需要の減少,水道施設の老朽化,深刻化する人材不足等の水道の直面する課題に対応し,水道の基盤の強化を図るため所要の措置を講ずるとして,水道を運営する自治体に適切な資産管理を求めるとともに,事業を効率化するために,水道事業の統廃合などの広域連携を進めること,コンセッション方式と呼ばれる手法の導入によって水道事業を民営化することを求めている。
     コンセッション方式とは,国や自治体が公共施設の所有権を持ったまま事業の運営権を長期に渡って民間に譲渡する制度である。わが国では,2011年のPFI法(民間資金による公共施設整備等促進法)の改正で,空港や道路,水道,下水道等の民間委託が可能となったが,水道での導入例はなかった。今回の水道法改正によって,自治体が水道事業を民間委託したとしても,給水の最終責任者たる事業の認可権は自治体に留保されることになった。そのため,地震,水害等の緊急事態が発生した場合にも,自治体は給水について最終責任を負うことになっていると説明されている。
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  3.  宮城県,大阪市,浜松市などのいくつかの自治体ではコンセッション方式による水道事業の民営化の導入を検討していると言われている。民間企業のノウハウ,例えば遠隔で検診できるスマートメーターや,センサーを使った水質や水道施設の遠隔管理システムを導入することによって,これまで人手に依存してきた日本の水道事業を大幅にコストダウンすることができ,水道料金の抑制や老朽化対策が進むことが期待されている。
     しかし,民間事業者となると事業者は株主配当のために利益を出さなければならない。利益が少なくなれば当然に水道料金の値上げにつながる。
     また,民間委託業者は競争入札の方法によって決定されることになるが,これまでの諸外国の例を見ればいわゆる水メジャーと言われる国際資本が委託業者となることが多い。しかし,これらの業者が設備の維持について責任を持ってくれる保証はないし,コスト削減の方法も問題となる。災害時の復旧,給水,補修を誰が負担するのかにも不安がある。
     さらに,民間企業に運営を任せるうちに,自治体の専門的な力が低下して監視ができなくなるおそれもある。
     このように,コンセッション方式は,自治体,最終的には地域住民のみがリスクを負う仕組みとなりかねない。
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  5.  水道事業の民営化は,欧米ではすでに1880年ころから行われてきた。
     先の臨時国会において,政府は民営化の失敗例として,6例あるいは10例を把握していると答弁した。しかし,実際の例はこれに留まらない。
     世界の流れは,水道事業の再公営化である。海外では,水道の民営化が広がった一方,水道料金の高騰化,水質の悪化,事業者の不透明な経営などが相次ぎ,近年は公営に戻す動きが加速している。
     アムステルダムに拠点を置く国際NGOのトランスナショナル研究所は2000年から2017年までの間に,世界32カ国で民営化されていた水道事業のうち267件が再公営化され,このうち222件が高所得国のもので,45件が中低所得国だったという調査結果を発表した。
     コスト削減優先の民営化は,安全対策の手抜きを生んだ。イギリスでは1990年代に赤痢患者が増え,フランスでも未殺菌のままでは飲めない水が提供された。パリでは1985年から2009年までに水道料金が265%上昇し,2010年に再公営化された。
     1999年に民営化したベルリンでは,住民投票の末,2013年に再公営化された。しかし,事業会社から運営権を買い戻すため,日本円にして1600億円を要した。
     パリの水道事業を担う公営企業のオ・ドゥ・パリ社のバンジャマン・ジェスタン専務取締役は,「水道事業は水源管理や配水管のメンテナンスなど,100年単位での戦略が必要だ。短期的な利益が求められる民間企業は,設備更新などの投資は後回しになりがちだ。民間企業は株主に利益を還元しなければならないが,我々にはそれがない。」として水道の民営化に警鐘を鳴らしている。
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  7.  以上のとおり,水道事業の民営化には、問題点が多い。これに対し,自治体では,滋賀県の長浜水道事業団,岩手県の岩手中部水道企業団のように,民間委託ではなく自治体が自らの手による運営を強める直営重視の方法で,水道事業の再建を図る努力も続けられている。
     生活に欠かせない水を扱う水道は,電力や通信以上に人間の生命に直結するものである。当会は,水道事業の民営化における問題点を重視し,水道事業の民営化に懸念を表明するとともに,自治体に対し,水道事業の民営化における問題点を長期的観点から深く検討するなど,その導入について慎重な対応を求めるものである。

 

2019年(平成31年)1月24日
静岡県弁護士会
会長 大多和 暁

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