日本国憲法に自衛隊を明記する憲法改正案に反対する会長声明 

  1.  自由民主党(以下「自民党」という。)は,2018(平成30)年3月25日に開催された同党大会において,「憲法9条の2」の条文を新設する憲法改正素案(以下「自衛隊明記案」という。)を提示した。
     この自衛隊明記案は,憲法9条1項及び2項をそのまま残した上で,9条の2として,「前条(9条)の規定は」「必要な自衛の措置をとることを妨げ」るものではなく,「そのための実力組織として」「自衛隊を保持する」という条文を加えて自衛隊を日本国憲法に明記するという案である。
  2.  日本国憲法は,アジア・太平洋戦争の惨禍に対する痛切な反省に立ち,その惨禍をもたらした国家主義と軍国主義を排し,個人の尊厳に立脚して主権が存する国民による新たな憲法体制を構築し,その中で「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し」(憲法前文第1段),また「平和を愛する諸国民の公正と信義を信頼して,われらの安全と生存を保持しようと決意し」(同第2段),徹底した恒久平和主義の基本原理を高らかに謳っている。
     そして日本国憲法は,9条において,一切の戦争と武力の行使及び武力による威嚇を放棄し,戦力の不保持と国の交戦権を否認し,比類のない徹底した戦争否定の態度を打ち出している。
     この恒久平和主義,なかでも9条2項の戦力不保持規定は,核兵器による人類滅亡の危機がある中での国際紛争を解決するための方策として極めて先駆的な意義を有している。そのような理解のもと,当会は2006(平成18)年2月24日開催の臨時総会において「日本国憲法の基本原理を堅持する宣言」を採択し,「戦争は人の生命と自由を無差別に奪う最大の人権侵害であることからすれば戦力を持たず,交戦権を認めないことを定めた9条2項こそ平和の維持に大きな意味を有する。この徹底した平和主義を後退させる改憲論を容認することはできない。」としたのである。
  3.  1954(昭和29)年に創設された自衛隊は,この憲法9条2項の「戦力」条項との関係で常に緊張関係にあったが,歴代政府は,自衛のための必要最小限にとどまり,専守防衛の範囲を超えない限り,この「戦力」に当たらないとして来た。その意味では,曲がりなりに憲法9条2項が自衛隊を恒久平和主義の基本原理から逸脱しないよう歯止めをかける機能を果たして来たのである。
     かかる恒久平和主義の基本原理の下では,日本国に対する直接の武力攻撃がなされていないにもかかわらず武力行使を行い他国間の戦争に参加することとなる集団的自衛権の行使は,憲法のこの恒久平和主義の基本原理に反することとなる。
     ところが,2014(平成26)年7月1日の閣議決定,及びこれに続く2015(平成27)年9月19日の安全保障法制の成立によって,存立危機事態における集団的自衛権の行使が事実上可能となった。当会は,2014(平成26)年7月3日付「集団的自衛権の行使を容認する閣議決定に抗議する会長声明」において,「集団的自衛権の行使は,かかる平和主義の理念とは相反するものであ」り,「同閣議決定は憲法9条を変更するものである。」として,同閣議決定に強く抗議してその撤回を求め,また,2015(平成27)年6月23日付「安全保障関連法案の成立に断固反対し,廃案を求める会長声明」において,「安全保障関連2法案は憲法9条に違反するもので」,「日本の安全に直接影響を及ぼすことがない場合であっても,『国際社会の平和安全の確保に資する』との名目でこのように危険な自衛隊の活動が行われることも可能として」おり,「『平和』『安全』は名ばかりで,本法案の実体は,憲法9条に違反する戦争法案といわざるを得」ないとしている。
     つまり,現行の安全保障関連法制のもとでの自衛隊は,従来の政府見解のもとで9条2項の「戦力」に当たらないとされてきた「自衛のための必要最小限の実力」という枠組みを飛び越えた存在となってしまったものであり,集団的自衛権の名のもとに,我が国の外で他国「軍隊」と一体となって武力行使を行うことが可能となった存在なのである。
  4.  このような自衛隊を憲法に明記することは,憲法9条2項の戦力不保持の例外として集団的自衛権をも行使しうる自衛隊を明記するものに他ならず,また,「後法は前法を破る」という法の一般原則によっても,憲法9条2項の戦力不保持規定は実質上死文化することとなる。
     つまり,自衛隊明記案は,自由民主党が「これまでと何も変わらない」と言っているようなものではなく,憲法前文と9条1項2項で構成されてきた日本国憲法の恒久平和主義という基本原理を根底から覆すものであって,このような日本国憲法の基本原理に反する改正は,憲法改正の限界を超えるものとして許されないというべきである。
     当会は,この旨を,既に前述した2006(平成18)年の臨時総会における「日本国憲法の基本原理を堅持する宣言」において,「かかる理念・基本原理に反する憲法改正は,もはや改正の範囲を超えるもので決して容認することはできない。」と宣言しているところである。
     多くの国民は,自衛隊の大規模災害時の救助・復旧支援活動に感謝し、声援を送っている。しかし,そのような自衛隊の存在や活動を認めるために,憲法改正をする必要は全くない。むしろ,自衛隊の存在を憲法に明記することは,自衛隊員が我が国の外で他国「軍隊」と一体となって武力行使を行う事態となる可能性を高め,却って自衛隊員を危険に晒す結果となる可能性が高いのである。
  5.  自衛隊明記案は,立憲主義の原則からも問題がある。日本国憲法に明記されている国家機関は,国会(憲法41条)及び衆議院及び参議院(同42条),内閣(同66条),最高裁判所(同76条1項),そして会計検査院(同90条)だけである。このうち会計検査院以外は,三権の長が責任者を務める。そして,それ以外の国家機関は,憲法により下位規範である法律により規定されている。
     自衛隊明記案は,自衛隊の「最高の指揮監督者」は「内閣の首長たる内閣総理大臣」とされているから,国会や内閣,最高裁判所などと同様に,自衛隊を憲法上の極めて重要な機関に位置づけるということを意味する。自衛隊を憲法上の極めて重要な機関とするのであれば,その基本的な権限,実力行使の限界や統制についても憲法上明確にされなければならない。
     しかし自衛隊明記案は,自衛隊に対する統制は「国会の承認その他の統制」とするのみで自衛隊の基本的な権限すらも規定されず,その権限は憲法ではなく法律の規定に委ねられている。特に,自衛隊明記案では「必要な自衛の措置」は憲法9条に妨げられないとされているため,自衛隊は「必要な自衛の措置」とされれば,憲法9条の制約を受けることなく,今まで以上の他国と共同した集団的自衛権その他の武力行使が可能となり,またそのための様々な装備の拡充が可能となる。必要な「最小限の」自衛の措置ですらないのである。
     したがって,自衛隊明記案は,権力の行使を憲法に基づかせ,国家権力を制約し国民の権利と自由を保護するという立憲主義にも違背することにもなる。
     さらに,自衛隊明記案は,憲法違反が厳しく指摘された安保法制を国会において強行採決し,自衛隊に集団的自衛権行使等の任務を与えた後に,憲法上の組織として明文を置こうとするものであって,これは,憲法違反の法律を先に制定しておき,後の憲法改正によってその違憲性の批判を封じる措置に等しく,この意味でも立憲主義を踏みにじる手法であって看過できないと言わざるを得ない。
  6.  日本国憲法は,基本的人権の尊重を基本原理としているが,この人権保障の限界を「公共の福祉」条項により規定している(憲法12条,同13条,同22条,同29条)。
     自衛隊明記案により,自衛隊が憲法上の重要な機関となった場合,自衛隊の任務・活動に必要なことは「公共の福祉」に適うとして,国民の基本的人権を制限することを正当化する根拠として使われる危険がある。また,自衛のために必要として現在以上に莫大な国家予算が自衛隊予算として使われ歯止めが利かなくなり,あるいはその財源確保のために社会保障費等が削減されたり,増税がなされるなど国民生活に大きな影響を与える事態が生じる懸念も捨て切れない。
  7.  このように,自衛隊明記案は,日本国憲法の恒久平和主義,基本的人権の尊重という基本原理及び立憲主義の原則から極めて問題のある憲法改正案なのであって,とりわけ恒久平和主義の基本原理に反するものというべきである。
     よって,当会は,自衛隊明記案に反対する。

 

2018年(平成30年)10月25日
静岡県弁護士会
会長 大多和 暁

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