災害対策を理由とする「国家緊急権」導入の動きに反対する会長声明 

与党自由民主党(以下「自民党」という)は,災害対策に必要だとして,日本国憲法に「国家緊急権」を導入する準備をしています。

国家緊急権とは,戦争・内乱・恐慌・大規模な自然災害などの非常事態において,憲法秩序を一時停止して非常措置をとることのできる国家の権限と解されています。

自民党の案では,内閣総理大臣が緊急事態を宣言すると,内閣が法令と同一の効力を持つ政令を制定することができるとされています。つまり,国会で議論することなく,内閣の意思決定のみで,国民の自由や権利を制限し,義務を課すことが可能になるのです。

権力は常に濫用の危険をはらんでいます。そのため,近代立憲国家はすべて,三権分立を定め,司法,立法,行政に権力を分離し,それにより権力の濫用を防いでいます。一時的とはいえ,三権分立を停止し,内閣に権力を集中させることは,権力が濫用される危険性を高めるものなのです。

また,日本国憲法には,国民の自由や権利を保障する憲法を国の最高法規とし,憲法に反する国家権力の行使を否定することで,国民の自由や権利を確保する役割があります。国家緊急権は一時的とはいえ,この憲法秩序を停止するものですから,人権が不当に制約される危険性が生じることとなります。

実際に,国家緊急権は歴史上,濫用され国民の自由や権利を不当に制限するための道具として使われてきました。もっとも民主的な憲法と言われたワイマール憲法下のドイツにおいて,ヒトラーが権力を握ることが出来たのも国家緊急権を利用した事が大きかったと言われています。

日本国憲法は,あえてそのような規定を置いてはいません。しかし,災害等の非常事態に備えて,日本国は詳細に法律を整えています。

たとえば,大規模災害が発生し,国に重大な影響を及ぼすような場合,内閣総理大臣は,生活必需物資等の受け渡しの制限や,価格統制,債務支払の延期を決定することができます。防衛大臣は,災害救助のために自衛隊を派遣できます。都道府県知事や市町村長も,住民の皆さんに対して必要な措置を講じることができます。

これらの法律をきちんと使うことが出来れば,わざわざ憲法に国家緊急権の規定を設けなくても十分なのです。

静岡県弁護士会は,南海トラフ地震(特に東海地震)の発生が近い将来に予測され,甚大な被害が想定される地域に所在する弁護士会として,自治体との災害協定を締結し,連携体制を強化するなど,近年特に災害対策に力を入れてきました。その中で,災害対策には,国家緊急権の創設ではなく,これらの法制度を生かすことが重要だと理解する様になりました。

災害対策においては「事前に準備していないことは緊急時にはできない」という大原則があります。事前の計画策定,訓練,法制度への理解といった事前準備こそがもっとも重視されるべき鉄則です。

東日本大震災において,政府の初動対応は極めて不十分だったと評価されていますが,それは,法制度に問題があったからではなく,事前の対策が不足し,法制度を十分に活用できなかったからです。また,東京電力福島第一原子力発電所事故に適切な対処ができなかったのは,いわゆる「安全神話」の下,大規模な事故が発生することを想定してこなかったという事故対策の怠りによるものです。

大規模災害が発生したときなど,国民の生活が危機に瀕している状態にあるときこそ,最大限,国民の自由や人権を保障しなければなりません。たとえ一時的でも,本来的な憲法の機能を停止し,権力への抑制が不十分となってしまえば,我々国民の自由や権利が侵されかねません。

 

以上のとおり,自民党が必要だとする災害対策は今の法制度の下で十分対応可能であり,国家緊急権は必要ありません。かえって国家緊急権を創設することは,被災者の自由や人権が不当に制限される危険性があります。

静岡県弁護士会は,災害対策を口実に憲法を改正し,国家緊急権を創設することには,強く反対します。

 

2015(平成27)年7月24日
静岡県弁護士会
       会長 大石 康智

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