「特定複合観光施設区域の整備の推進に関する法律案」に反対する会長声明 

昨年11月の衆議院解散に伴い廃案となった「特定複合観光施設区域の整備の推進に関する法律案」(以下「カジノ解禁推進法案」という。)が,自由民主党,維新の党及び次世代の党などの超党派の議員から構成される国際観光産業振興議員連盟(通称「IR議連」)によって,現在開会中の通常国会に再提案され,6月18日から審議入りしている。

カジノ解禁推進法案で想定されているカジノは,「会議場施設,レクリエーション施設,展示施設,宿泊施設その他の観光の振興に寄与すると認められる施設」と一体となって設置される,いわゆる「IR(統合型リゾート)方式」であり,現政権の経済成長戦略の切り札とも言われている。

しかし,カジノ解禁推進法案には以下のように重大な問題があり,我が国でこのような法律を制定してカジノを解禁する必要はない。

  1. (1) カジノは「賭博」そのものであること

    我が国においては,健全な経済活動及び勤労への影響と,副次的犯罪の防止のために現行刑法185条以下に賭博及び富くじに関する規定が設けられ,偶然の事情によって勝敗を争い財物を取得又は喪失する行為は処罰の対象とされ,例外的に特別法によって宝くじ,競馬,競艇,競輪などの公営ギャンブルが許容されているに過ぎない。

    この点,カジノはまさに偶然の事情によって勝敗を争い財物を取得又は喪失する行為であって,「賭博」そのものであるところ,これが特別法をもって違法性が阻却されるかどうかは,既に公認されている公営ギャンブルと比して検討する必要がある。

    カジノ解禁推進法案においては,民間事業者が運営主体となることが予定されており,現在行われている「公営ギャンブル」と性格が全く異なることは明らかである。しかも,運営主体への公的監督方法や収益の扱いについては何ら具体的に定められていない上,暴力団などの反社会的集団をはじめとする悪徳事業者を排除するための具体的方法は何ら設けられておらず,さらに副次的弊害の防止策は全く想定されていない。

    民間事業者の設置・運営にかかるカジノに公益目的は何ら認められず,違法性を阻却するだけの理由・必要性も認められないのであり,民間事業者による賭博を許容する時点で,カジノ解禁推進法案には重大な問題があると言わざるを得ない。

  2. (2) ギャンブル依存症が深刻化する危険性が高いこと

    2013年7月に実施された厚生労働省研究班による病的賭博(いわゆる「ギャンブル依存症」)の調査において,ギャンブル依存症が疑われる者が約536万人に達することが明らかとなった。昨年の国会審議過程でも大きな問題とされている。

    ギャンブル依存症は,慢性,進行性,難治性の症状で,放置すれば自殺に至ることもあるという重篤な疾患であり,これらの症状を発症させないという取り組みこそが肝心である。実際,カジノが合法化されている韓国においても,ギャンブル依存症は深刻な社会問題となっている。

    現在,日本国内には,民間事業者が展開するパチンコ・スロット店が乱立し,パチンコ・パチスロがギャンブル依存症の温床になっていることが明らかになっているにもかかわらず,厚生労働省は昨年9月になって5つの拠点病院を指定し,対策に着手したばかりである。このように国はギャンブル依存症に対し事後的な対策に終始し,何らの規制も講じようとしていない。

    カジノを経済活性化の一理をもって解禁すれば,やがて経済活性化という名目で日本国民一般を対象とするカジノも解禁されることにつながり,ギャンブル依存症に対して無策に等しい我が国において,現在よりもギャンブル依存症が深刻化することは明らかといえる。

    この点,カジノの収益によってギャンブル依存症対策を推進するとの見解もあるが,まさに本末転倒と言わざるを得ない。

  3. (3) 多重債務問題が再燃する危険性が高いこと

    賭博は偶然の事情によって勝敗を争うものであるから,必ず敗者が存在する。経済的余裕を失った敗者が,貸金業者等から借り入れを行なってギャンブルを繰り返し,多重債務に陥ってきたことは歴史が証明している。さらには,窃盗や強盗といった財産犯の動機となっていることも顕著な事実である。

    日本弁護士連合会が,全国の裁判所に協力を仰いで3年に一度実施している調査の結果によれば,破産者のうちギャンブルが原因と思われる者が5%程度に及んでおり(「破産事件及び個人再生事件調査記録」),また,ギャンブルが原因で多重債務に陥った結果自殺に至る者の数も少なくない。

    当会は,行政などとも連携して多重債務問題の解決に向けた諸活動を行ってきた経緯があり,2006年の改正貸金業法の制定によって,社会全体に占める多重債務者の数は減少傾向に転じた。その結果,ギャンブルなどによって経済的に破綻し,自殺に至る者の数も減少してきている。

    しかるに,カジノが合法化されれば,再びギャンブルが原因となって多重債務に陥り,自殺に至る者が増加する危険性が極めて高く,従前,官民一体となって多重債務問題の解決のために行った諸活動が無に帰するおそれがある。

  4. (4) 暴力団等の反社会的集団への資金供給・治安悪化の危険性があること

    法律や条例などによって社会から締め出されつつある暴力団等の反社会的集団が,新たな資金源を得るためにカジノ運営に興味を抱くことは容易に想定できる。

    この点,暴力団等の反社会的集団をカジノ運営から排除する制度の策定などが予想されるが,直接的に排除が出来たとしても,事業主体への出資や従業員の派遣,下請業者としての参入は可能である。とりわけ,福島第1原発事故後の除染作業などを見る限り,従業員を派遣するなどの方法によって暴力団等の反社会的集団が国の事業に参入することですら容易であり,ましてや民間事業者の運営する施設から,暴力団等の反社会的集団を完全に排除することは困難である。その結果,カジノの収益が,暴力団等の反社会的集団の新たな資金源となる可能性がある。

    のみならず,暴力団等の反社会的集団が運営に関与することになれば,襲撃や拳銃発砲等の威力を行使する事態も懸念され,カジノの従業員や一般の利用客に危害が加えられる可能性もあり,また周辺の治安が悪化することによって,かえって周辺地域の経済が停滞する可能性もある。

    のみならず,カジノ事業者はマネー・ロンダリングに利用される危険性の高い事業者と指定されており,文字通りカジノが犯罪の温床となる可能性は否定できない。

  5. (5) 経済的効果について疑問があること

    カジノ解禁推進法案においてカジノを解禁する立法目的は,経済活性化という点にあるが,その経済効果も十分な検証の上に評価されなければならない。

    まず,日本国内においても,競馬や競輪,競艇,オートレースなどの公営ギャンブルの多くが赤字となっており,地方自治体の財政を圧迫し,その結果,廃止された公営ギャンブルも少なくない。カジノの導入によって一時的に税収が上がり財政が潤うかもしれないが,継続的に財政を健全化できるかどうか疑問である。

    また,アメリカや韓国では,治安の悪化などを理由にカジノ設置自治体の人口が減少し,あるいは多額の損失を被ったという調査結果も存する。現政権は,地域活性化を重要政策に据えているが,カジノの設置によって自治体の人口が減少するようなことがあれば,それこそ地域の活力を削ぐこととなる。また治安対策にコストをかける場合には,それは税金による支出を意味し,カジノを容認する以上のメリットがあるかどうかははなはだ疑問である。

    そもそも,カジノの設置による経済効果が試算されているが,プラス要因のみが強調され,上記のようなマイナス要因については全く検証されていない。このような状況では法律を制定する立法事実は認められない。

 

以上のようにカジノ解禁推進法案には重大な問題がある上,各世論調査でもカジノ解禁に反対する意見が賛成の2倍に及び,多くの消費者団体,高齢者団体もカジノ解禁に強く反対している。こうした中,与党である公明党からもカジノ解禁についての反対論が出されている。

そもそも,国は,国民がより良い環境において勤労する制度を整えるべきであって,本来的には国民の勤労を通じて経済活性化が図られるべきであり,カジノという賭博を解禁して経済活性化を図ることなど本末転倒である。

当会は,重大な問題を孕んだカジノ解禁推進法案に対して強く反対の意を表明するとともに,今国会においてもカジノ解禁推進法案を廃案とすることを求めるものである。

 

2015(平成27)年7月24日
静岡県弁護士会
       会長 大石 康智

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