法制審議会新時代の刑事司法制度特別部会における事務当局試案に反対する声明 

  1.  平成26年4月30日,法務省は,法制審議会新時代の刑事司法制度特別部会(以下,「本特別部会」という。)に,最終答申の叩き台となる事務当局試案(以下,「本試案」という。)を提出した。
     当会は,平成26年3月24日付け「取り調べの全過程の可視化を求める会長声明」,同年4月21日付け「袴田事件を契機としてえん罪を根絶するための共同意見書-取り調べの可視化,証拠の全面開示及びえん罪事件の検証機関の設置を求める-」を公表してきたところ,本特別部会における本試案については,取り調べの可視化及び証拠開示についてまったく不十分であり,かつ見過ごせない問題点があることから,これに反対を表明するものである。
  2.  本試案では,取調べの録音・録画制度(可視化)について,裁判員裁判対象事件に限って取調べの全過程を可視化する案(A案),及び警察での取調ベ可視化は裁判員裁判対象事件に限定しつつ,全身柄事件について検察官の取調べは可視化するという案(B案)が示されている。
     しかし,裁判員裁判対象事件は,全公判事件の2%程度に過ぎない。これでは,警察による違法な自白の強要が繰り返された事実が明らかとなって公職選挙法違反に問われた12人全員が無罪となった志布志事件,検察が証拠を捏造したうえそれを組織的に隠蔽しようとした郵便不正事件,刑が軽いが故に虚偽自白を生みやすい痴漢事件などが可視化の対象から外されることとなってしまう。A案では,およそえん罪発生の防止に資する制度とはなり得ない。
     また,過去のえん罪事件を振り返っても解るとおり,検察官の取調べだけを可視化しても,警察官による密室での取調べの中で虚偽自白が塗り固められてしまえば,被疑者は検察官の前では虚偽自白を繰り返すのみとなるおそれがあり,却ってえん罪を生む危険性が高まる結果となりかねない。B案も,およそえん罪発生の防止に資する制度とはなり得ない。
     結局,本試案にかかるA案であってもB案であっても,警察が取調べを可視化するのは裁判員裁判対象事件に限定されており,従来の密室における糾問的捜査を温存するものであって,当会は,これに反対する。
  3.  本試案は,証拠開示についても極めて不十分であり,過去のえん罪事件の反省がまったく活かされていない。
     本試案では,「証拠の一覧表の交付」が示されているが,文書の要旨の記載も求められておらず,結局証拠の内容は不明確なままであって証拠開示の実効性がない。また,同制度は公判前整理手続または期日間整理手続に付された事件にのみ適用されるものに過ぎない。被疑者・被告人の権利を保障し,えん罪の発生を防止するためには,全面的証拠開示制度が不可欠であるが,本試案は,被疑者・被告人に有利なものも含む証拠を捜査機関が独占することを温存するものであって容認することはできない。
  4.  他方,本試案では,通信傍受の対象拡大などの捜査権限の強化,法廷における被告人の虚偽供述の禁止,司法取引の導入など,被疑者・被告人に対する適正手続保障の観点から問題があり,かつ新たなえん罪を生み出しかねない危険性がある制度の導入が検討されている。
    1. (1) 通信傍受については,憲法が保障する通信の自由をはじめとする基本的人権を侵害する捜査手法であって,現行の通信傍受法にも違憲の疑いが残る。しかるに,本試案では,通信傍受の対象犯罪を大きく拡大するとともに,現行法では要件とされている通信傍受時における通信事業者の立会を不要とする制度が示されており,ますます違憲の度合いを強める本試案を容認することはできない。
    2. (2) 法廷における被告人の虚偽供述が禁止されると,被告人が黙秘権を行使した場合に,裁判官,裁判員に「黙秘をするのは,否認供述をすると虚偽になるからだろう」との心証を抱かせるおそれがある。憲法上保障された黙秘権を実質的に侵害するものであって容認することはできない。
    3. (3) 司法取引については,刑の減軽を獲得するために無実の第三者に罪をきさせようとの意図に基づくいわゆる引っ張り込みによる新たなえん罪を構造的に生み出しかねない。
       このように,本試案は,むしろ捜査機関の権限を拡大することに重きが置かれており,適正手続の保障という本特別部会の本来の趣旨が完全に忘れ去られている。
  5.  そもそも本特別部会は,捜査機関が違法・不当な捜査を行ってきたことにより,多くのえん罪被害が発生したことに対する反省を機に,刑事司法制度の見直しをするために設置されたはずであった。
     わが国の刑事司法は,「精密司法」などと言われ,細部にわたる詳細な事実認定に傾斜しがちであったため,供述調書の偏重に陥っていた。そして,捜査が糾問化し,取調べは自白獲得に向けて追及的・誘導的なものになりやすかった。その結果,虚偽自白によるえん罪を生んできたのである。
     かかる刑事司法の現状認識に立てば,刑事司法改革にあたっては,憲法の求める人身の自由と適正手続の保障が貫徹され,えん罪発生の防止に資する制度を構築するような方向性が目指されなければならない。もはや,密室における追及的な取調べと供述調書に過度に依存した捜査・公判を維持することは許されないのである。
     しかるに,本試案には,これまで捜査機関が憲法に規定された被疑者・被告人の権利をないがしろにしてきたことへの真摯な反省が見られないばかりか,新たなえん罪を制度的に生み出しかねない危険がある。
     当会は,本試案に反対を表明するとともに,改めて取調べの全面的な録音・録画,全面的証拠開示制度を求める。また,本特別部会においては,そもそもの議論の出発点に立ち返って,人身の自由と適正手続の保障を貫徹する刑事司法を実現する方向での最終答申がなされることを強く望むものである。

 

2014(平成26)年6月17日
静岡県弁護士会
       会長 小長谷 保

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