速記官要請再開に関する決議 

最高裁判所は,裁判所速記官の養成再開と増員を速やかに実施すべきである。

司法改革審議会は,裁判所速記官の養成再開と増員を提案すべきである。

以上決議する。

平成13年5月31日
静岡県弁護士会
会長 増田 堯

提案理由

  1.  裁判所法第60条の2第1項は,「各裁判所に速記官を置く」,同法第60条の3第1項は,「各裁判所に速記官補を置く」と,それぞれ規定している。
     しかしながら,最高裁判所は,国会での審議を経ることなく,平成9年2月,逐語録需要の今後の増大を認めながらも,「人材の確保が困難であること」と「速記タイプの製造基盤が脆弱であること」を主な理由として,民間委託による録音反訳方式の導入に踏み切り,裁判所速記官(以下「速記官」という。)の養成を平成10年4月以降停止すると表明した。
     しかしながら,速記官の新規養成を停止したことは,近い将来における速記官の自然消滅という結果を招来せしめるに等しく,かくては,国会の審議を経ることなく,裁判所法第60条の2,第60条の3の各条文を削除するに等しい結果となり,まずその手続きにおいて法的に疑義を生ぜしめるものである。
  2.  速記官の作成する速記録は,弁護士をはじめ訴訟を利用する当事者からも高く評価されているところである。法廷に立ち会い,聴取しがたい場合には,即時に確認をしながら,証言ないし供述を一言一句記録するものであるので,最高裁判所が代替策とした,録音テープに記録された音のみから調書を作成する録音反訳方式よりも数段正確である。また,尋問の内容を即時その場で確認できるという利点があり,このような利点からして録音反訳方式よりも遥かに優位性が認められる。
  3.  近時,名古屋の元速記官により,「はやとくん」という名称の速記反訳システムのソフトが開発されている。これにより速記記号を電子的に保存して自動的にかな漢字変換をかけて,リアルタイムに正確な漢字かな混じり文に反訳することができるまでの技術が完成したという。裁判所速記技術は,コンピューター技術と結合することにより,証言もしくは供述内容を直ちに文字化できるまでに発達している。即ち,このソフトを用いれば,証拠調べの結果が即時その場において文字により表現されることが可能になり,訴訟の迅速な運営に大いに貢献するものであると期待される。
  4.  のみならず,司法改革の観点からしても,裁判への国民の参加が必須の状況において,改革後の国民の司法参加の観点からは,即時に供述が再現される必要性は,従来にも増して高まってくることが予想される。更には,聴覚障害者の裁判を受ける権利の観点からも,法廷内モニターへの即時的表示を実行することにより,その裁判を受ける権利を実質的に保証するものとなる。
     最高裁判所の推し進める録音反訳方式では,司法改革の発展的な展望に対応することは到底不可能である。
  5.  最高裁判所が挙げている養成停止の理由の1に,人材確保の問題がある。
     しかし,最高裁判所が速記官の養成を停止する前の数年間の応募状況を見ても,毎年約1,000人前後の応募があった。そのうち合格者数が45名前後,入所者数が30名前後という過去の実績を見るかぎり,人材確保の困難性という速記官の養成停止の理由は,成り立たないものと言わざるを得ない。更には,現下の社会状況においては,養成を再開し,広く宣伝し募集をするならば,以前にも増してより多くの有為な応募者が見込まれる筈である。
     次に,速記官養成停止の理由の2として,最高裁判所は,速記タイプの製造基盤が脆弱であるとしている。しかし,従来,裁判所用速記タイプを製造していた日本タイプライター社は,同社の道義的責任からも最高裁判所の発注がある限り製造を継続すると表明している。更には,世界的な速記タイプメーカーであるアメリカのステノグラフ社は,世界各国の裁判所で使われている速記タイプ「ステンチュラ」を既に日本語対応速記タイプとして開発済みであり,現在,日本製とほぼ同価格あるいは,それ以下の価格で購入できる状況である。同機は,マイコン内蔵の速記機械であり,上述の「はやとくん」を利用することにより,リアルタイムによる速記録のプリントアウト・法廷内モニターへの表示が可能となっている。従って,速記タイプの入手自体については,何ら問題がないというべきである。
     最高裁判所においては,技術の飛躍的進歩を適正に評価し,まずは上記「ステンチュラ」等の機器類を試験的に導入し,その信頼性を検証すべきである。
  6.  なお,上記「ステンチュラ」は,速記官有志約100名が自費をもって購入したと聞く。キータッチは,各速記官の好みに合わせて調節可能だという。従来の速記タイプはキータッチの調節ができず,タッチが重いうえ,反訳に時間がかかるため,速記官の健康問題等から,1速記官の法廷立ち合い時間が,1週間2時間程度に限定された経緯がある。しかし,技術が進んだ現在,新規の速記タイプの利用により,速記官の疲労の軽減化が図られるとともに,反訳時間が限りなく0に近くなる結果,1週間に2時間という極めて少ない時間の法廷立ち会いを,更に増やすことも十分可能となると考える。
  7.  現在,最高裁判所の速記官から書記官への転官政策が推し進められており,毎年100名もの速記官の減少が続いていると聞く。速記官の実人数は,平成10年4月現在で700名台の半ばであったものが,同11年4月現在で660名前後,同12年4月現在で570名,同13年4月現在は500名を切るまでになっている。このままでは,いずれ裁判所から速記官が消滅する事態は必至である。
     しかしながら,アメリカにおいても,かつて法廷速記者を廃止して,録音反訳への流れがあったが,近時においては陪審制度を充実させる観点から,法廷速記者による即時反訳が重視され,法廷内スクリーンへの提示が行われ,反訳文の陪審員への配付が行われていると聞く。我が国においても,司法改革のもと,裁判への国民の参加が真剣に検討されている。裁判への国民の参加が実現された暁には,裁判に関与する国民に対して即時に反訳文が配付されることや,法廷内に設置されたモニターに証言もしくは供述が正確に表示されることが望ましいことには異論がないと考える。
      裁判への国民の参加が実現されたとき,裁判所に現行の速記官が存在しない場合には,速記技術の断絶の結果,このような新しい裁判制度への迅速な対応や対策は到底不可能とならざるを得ない。
     静岡県弁護士会は,司法改革の一層の充実の観点からも,速記官制度は,今後ますます充実させなければならないものと確信する。
  8.  以上から,最高裁判所に対しては,速記官の養成の即時再開と増員を,司法制度改革審議会に対しては,その答申に速記官制度の養成と増員を盛り込まれるよう,各要請するため,この決議をする。

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