刑事再審法の速やかな改正を求める決議 

刑事再審法の速やかな改正を求める決議

 

えん罪は,国家による最大の人権侵害の一つである。個人の尊重を最高の価値として掲げる日本国憲法(第13条)の下では,無実の者が処罰されることは絶対に許されない。しかしながら,日本における再審は,「開かずの扉」と呼ばれるほどにハードルが高く,えん罪被害者の救済が遅々として進まない状況にある。そして,それは,現在の再審制度が抱える制度的・構造的な問題に起因すると言うべきである。

えん罪被害者の唯一の救済手段である再審手続には,本来,再審請求人の主体性を尊重した適正な手続が保障されるべきである(憲法第31条)。ところが,現行の再審法(刑事訴訟法第4編再審)の規定は,わずか19条しか存在せず,再審事件の審理の大半が裁判所の裁量に委ねられており,その判断の公正さや適正さが制度的に担保される仕組みとなっていない。

したがって,えん罪被害者の速やかな救済のためには,憲法の理念に沿って,再審法の在り方を全面的に見直すことが必要である。とりわけ,再審請求手続における全面的な証拠開示の制度化と,再審開始決定に対する検察官による不服申立ての禁止の2点は,速やかな法改正を必要とする喫緊の課題である。

 

そして,長きにわたって当会からも多くの会員が弁護人として活動を続け,2014年3月27日に静岡地方裁判所において再審開始が決定された,いわゆる「袴田事件」の被告人であった袴田巖さんもまた,きわめて深刻なえん罪被害者の一人である。しかも,袴田さんの救済は,再審開始決定から間もなく9年が経過しようとする現時点でも,未だに実現されていない。

袴田事件は,現在の再審制度が抱える制度的・構造的な問題の縮図のような状況にあると言わざるを得ない。

 

第1に,再審手続における証拠開示制度の不備である。

再審開始決定が得られた事件の多くでは,再審手続中に新たに開示された証拠が再審開始の判断に強い影響を及ぼしており,このことは袴田事件でも同様である。

袴田事件では,1981年に第1次再審請求が申立てられ,2008年3月の最高裁決定まで実に27年弱もの審理期間を経たにもかかわらず,ほとんど全くと言ってよい程に証拠開示はされなかった。そして,この第1次再審請求手続では,ついに袴田さんの再審開始は認められなかった。

これに対し,2008年4月申立の第2次再審請求では,弁護団による積極的な証拠開示請求への取組に対し,検察官が一部証拠の任意開示に応じたほか,裁判所による証拠開示勧告もなされ,実に600点余りに及ぶ証拠が開示された。そして,これらの開示証拠は,2014年3月の静岡地裁での再審開始決定にも大きく影響していることが明らかである。

さらに,不当にもこの開始決定を取り消して再審請求を棄却した2018年6月の東京高裁決定は,再度,2020年12月の最高裁決定により取り消され,現在は,審理不尽を理由とする差戻し審での審理が続いている。そして,最高裁が,東京高裁決定を取り消した理由においても,第2次再審請求手続での開示証拠が実質的に大きく影響したものと評価される。

このように,袴田事件の審理経過は,再審手続における証拠開示の制度化がいかに重要であるかということを,顕著に裏付けるものに他ならない。

したがって,再審請求手続においても,通常審において必要とされているのと同様に,全面的な証拠開示の制度化を早急に実現しなければならない。

 

第2に,検察官による不服申立てがもたらす弊害である。

日本の再審手続では,長い年月をかけて再審開始決定を得たとしても,それに対する検察官の不服申立てによって,更に審理が長期化し,時には再審開始決定が取り消され,振り出しに戻るという事態が繰り返されてきた。

そのため,えん罪被害者の救済が長期化し,極めて深刻な状況となっており,袴田事件は,まさにその典型というべき事案である。

袴田事件では,2014年3月27日に静岡地裁で再審開始が決定され,死刑の執行が停止されるとともに拘置の執行も停止され,袴田さんは,1966年8月の逮捕から実に47年ぶりに釈放されるに至った。また,この時点で袴田さんは既に78歳の高齢であった。しかるに,検察官により即時抗告の申立てがなされ,2018年6月には,東京高裁において,原決定を取消し再審請求を棄却するとの決定がなされた。もっとも,この不当な高裁決定は,2020年12月に,さらに最高裁によって取り消され,東京高等裁判所に差し戻されて,現在もなお同裁判所に係属したままであり,ようやく来る3月13日の決定が予告された段階である。

このように,袴田事件では,再審開始決定がなされてから間もなく9年になろうとしている現在でも,再審公判手続は開始されていない。しかも,この間に袴田さんは87歳を迎えようとしており,また,本事件の請求人であるとともに袴田さんの無実を信じて献身的な支援を続けてきた姉のひで子さんは,既に90歳に達している。

袴田さんのえん罪被害からの救済,そして,生涯を弟の支援のために捧げてこられたひで子さんの悲願の実現には,もはや,一刻の猶予も許されないところである。

そもそも,再審は,えん罪被害者を救済するための「最終手段」であり,無実を訴える者の人権保障のためにのみ存在する制度である。

したがって,えん罪被害者の速やかな救済のためには,再審開始決定に対する検察官の不服申立てを禁止する必要がある。

 

当会は,袴田事件に関する再審開始決定を受けて,2014年4月21日に,袴田事件再審弁護団及び元島田事件再審弁護団有志らと共同で「袴田事件を契機としてえん罪を根絶するための共同意見書 ―取り調べの可視化,証拠の全面開示及びえん罪事件の検証機関の設置を求める―」を公表している。

しかしながら,まもなく9年が経過しようとしている現在においても,再審法は何ら改正されることなく,現在に至っている。

 

よって,当会は,えん罪被害者を一刻も早く救済するため,国に対し,

  1. 1 再審請求手続における全面的な証拠開示の制度化
  2. 2 再審開始決定に対する検察官による不服申立ての禁止

を含む再審法の改正を速やかに行うよう求める。

 

また,当会は,袴田さんが一日でも早く再審無罪の判決を得られるよう,今後も引き続き,でき得る限りの支援を行うことを改めて表明する。

 

以上のとおり決議する。

 

2023年(令和5年)2月22日
静岡県弁護士会
会長 伊豆田 悦義

 

 

提案理由

 

  1. 1 えん罪は,犯人とされた者やその家族だけでなく,犯罪の被害者やその関係者の人生をも狂わせる。えん罪は,国家による最大の人権侵害の一つである。
     日本国憲法は,「個人の尊重」を究極の価値に掲げており(第13条),この憲法の下では,無実の者を国家が処罰することなど絶対にあってはならない。そのため,憲法には,多数の刑事手続関連条項が設けられている(第31条から第40条まで)。
     しかし,それでもえん罪は発生してきた。
     当会では,所属する会員の多くが,長きにわたり,「死刑再審4事件」の一つとされる「島田事件」の被告人であった赤堀政夫さん(1989年2月に再審無罪が確定)や,1966年に旧清水市内で発生したいわゆる「袴田事件」の被告人であった袴田巖さん(2014年3月に再審開始決定を受けたが現在も審理中)らの弁護人として,精力的に再審弁護活動に取り組んできている。
     そして,赤堀さんも袴田さんも,捜査段階では自白を強要されたものの,確定審では一貫して無実を訴えていたにもかかわらず,最高裁まで争って死刑判決が確定してしまっていた。このように,時には,確定死刑囚として死の淵に立たされるえん罪被害者を救済する「最終手段」こそ,再審なのである。
  2.  

  3. 2 再審は,上記のとおり,憲法が定める人権擁護の理念に基づき,誤判により有罪の確定判決を受けたえん罪被害者を救済することを目的とする制度である。また,現在の再審法は,憲法第39条が定める二重の危険の禁止を踏まえ,戦前の旧刑事訴訟法では認められていた不利益再審を廃止し,利益再審のみを認めている。
     すなわち,再審の目的は,もっぱらえん罪被害者を救済することにあり,無実を訴える者の人権保障のためにのみ存在する制度である。
     しかしながら,日本における再審は,「開かずの扉」と呼ばれるほどにハードルが高く,えん罪被害者の救済が遅々として進まない状況にある。
     島田事件の赤堀さんは,1954年5月に逮捕され,1960年12月に死刑が確定した後,3度に及ぶ再審請求を全て排斥された後の第4次再審請求において,1986年5月に東京高裁で初めて再審開始決定を受け,1989年1月に無罪判決を受けて釈放されるまで,35年弱もの身体拘束を受けていた。
     また,袴田事件の袴田さんは,1966年8月に逮捕され,1980年12月に死刑が確定した後,第2次再審請求において,2014年3月27日に静岡地裁で再審開始決定とともに死刑の執行停止及び拘置の執行停止を受けて釈放されるまで,実に47年にも及ぶ身体拘束を余儀なくされ,しかも,うち33年余りを確定死刑囚として死刑執行の恐怖にさらされ続けた結果,現在においても拘禁反応による妄想等の症状が回復していない。
     そして,このように深刻なえん罪被害が,容易には救済されないという状況は,各事案の個別事情によるものではなく,現在の再審制度が抱える制度的・構造的な問題に起因するものと言うべきである。
  4.  

  5. 3 えん罪被害者の唯一の救済手段である再審手続には,本来,再審請求人の主体性を尊重した適正な手続が保障されるべきである(憲法第31条)。
     ところが,現行の再審法(刑事訴訟法第4編再審)の規定は,わずか19条しか存在しない。
     また,日本国憲法の下で改正された刑事訴訟法では,捜査・公判手続の規定は大きく改正され,被疑者・被告人に当事者としての主体的な地位を認めて人権保障を徹底する当事者主義的訴訟構造へと変化したのに対し,再審手続に関する規定は,不利益再審を廃止したほかは,旧刑事訴訟法の条文がほぼそのまま踏襲された。
     そのため,再審請求手続は旧法以来の職権主義的構造とされ,手続の主導権は裁判所に委ねられており,また,再審手続に関する詳細な規定が存在しないことから,個々の裁判体の裁量があまりにも大きく,進行協議の実施,証拠調べ(証人尋問,鑑定など)の実施,証拠開示に向けた訴訟指揮の有無など,手続のあらゆる面で統一的な運用がなされていない現状にある。これでは,再審請求を行う者に適正手続(憲法第31条)が保障されているとは言えない。
     さらに,現在の再審実務では,再審請求手続が肥大化し,再審開始の判断までに極めて長い年月を要している。これでは,迅速な裁判(憲法第37条第1項)という憲法上の要請も実現できているとは言い難い。
     このように,現行の再審法は,その憲法適合性に重大な疑義が生じている。
     したがって,えん罪被害者の速やかな救済のためには,憲法の理念に沿って,再審法の在り方を全面的に見直すことが必要である。
     その中でも,えん罪被害者を救済する「最終手段」であるはずの再審請求手続において,証拠開示に関する明文の規定が存在しないこと,そして,再審開始決定に対する検察官の不服申立てが許容されていることにより審理が極めて長期化していることの2点は,特に早急な法改正を要する喫緊の課題である。
  6.  

  7. 4 上記のとおり,長きにわたって当会からも多くの会員が精力的に再審弁護活動に取り組んできた「袴田事件」は,現在に至るまでの審理経過をみれば,まさに,現在の再審制度が抱える制度的・構造的な問題が顕著に露呈した事案であると言わざるを得ない。
     袴田事件は,1966年6月に,旧清水市内の味噌工場経営会社の専務宅で一家4名が殺害され家屋が焼失したという強盗殺人・放火事件であり,その犯人として同年8月に逮捕されたのが,味噌工場の従業員であった袴田巖さん(当時30歳)であった。袴田さんは,逮捕時から無実を訴えていたが,捜査機関により1日平均12時間超にも及ぶ苛烈な取調を受け続け,勾留期限の3日前にして虚偽の自白を強要されるに至った。もっとも,袴田さんは,公判段階では,再び一貫して無実を訴え続けたものの,1968年9月に静岡地裁で死刑判決を受け,1980年12月には確定死刑囚となった。
     その後,1981年4月に申し立てられた第1次再審請求では,1994年8月に静岡地裁で再審請求が棄却され,2004年8月には東京高裁で即時抗告棄却決定,2008年3月には最高裁で特別抗告棄却決定がなされ,実に27年近くもの時間が費やされたにもかかわらず,ついに再審開始は認められなかった。
     また,この間には,確定死刑囚としての長期の拘禁生活の中,いつ訪れるかも分からない死刑執行の恐怖と戦い続けたであろう袴田さんは,次第に精神面での健康を害するようになり,強固な妄想に囚われるとともに,姉の袴田ひで子さんや弁護団との面会すらも拒否するような状態になってしまっていた。
     そのため,2008年4月に申し立てられた第2次再審請求では,袴田さん本人を請求人とすることができず,袴田さんが心神喪失状態にあるとして,刑事訴訟法第439条第1項第4号により姉の袴田ひで子さんが再審請求人となり申立を行わざるを得なかった(なお,ひで子さんは後に保佐人に就任したため,同項第3号による保佐人の資格での再審請求事件として扱われている。)。
     そして,2014年3月27日,静岡地方裁判所(村山浩昭裁判長)は,袴田さんの再審開始を決定し,同時に死刑の執行を停止するとともに拘置の執行を停止し,袴田さんは,逮捕から実に約47年ぶりに釈放された。このとき,袴田さんは既に78歳であり,また,精神面に拘禁反応による妄想等の障害を抱える状態であった。
     ところが,この再審開始決定は,検察官の即時抗告を受け,2018年6月11日に東京高等裁判所第8刑事部(大島隆明裁判長)によって取り消され,再審請求が棄却されるに至った。もっとも,弁護人の特別抗告を受けた最高裁判所第三小法廷(林道晴裁判長)は,2020年12月22日,審理不尽を理由として上記の東京高裁決定を取り消し,本事件の審理は東京高裁に差し戻されることになった。しかも,この最高裁決定には,2名の裁判官(林景一裁判官及び宇賀克也裁判官)より,破棄自判して直ちに再審を開始すべき旨の反対意見も付されていた。
     こうして,静岡地裁が袴田さんの再審開始を決定してから,間もなく9年もの月日が経過しようとしている現在においても,袴田事件に関する審理は,差戻し後の東京高裁での審理がようやく終了し,来る3月13日に決定がなされる旨の予告がされたという段階にとどまっている。
     そして,このような経過を辿ってなお,深刻なえん罪被害者である袴田さんの救済が未だに実現されていないという袴田事件の現状は,まさに,現在の再審制度が抱える制度的・構造的な問題の縮図のような状況にあると言わざるを得ない。
  8.  

  9. 5 袴田事件にとりわけ顕著な現行再審法の問題点の第1は,再審手続における証拠開示制度の不備である。
    1. (1) 通常審での証拠開示については,既に,類型証拠開示や主張関連証拠開示が制度化され(2004年改正),さらに証拠の一覧表の交付制度が新設されており(2016年改正),全面的証拠開示には及ばないものの一定の制度化が進んでいる。
       しかし,再審請求手続での証拠開示については,今なお何らの規定も存在せず,専ら裁判所の裁量的な訴訟指揮に委ねられている実情にある。そして,証拠開示に関する基準や手続が明確でないため,それぞれの裁判体によって,証拠開示に関して何の判断も示さない場合から,証拠リストの開示要請,証拠開示の勧告,さらには証拠開示命令に至るまで,その対応は区々であった。
       とりわけ,近年に再審開始決定が得られた事件の多くでは,再審手続中に新たに開示された証拠が再審開始の判断に強い影響を及ぼしており,再審手続における証拠開示の重要性は,余りにも明白なものとなっている。
    2. (2) そして,このことは袴田事件でも同様である。
       袴田事件では,1981年に第1次再審請求が申立てられ,2008年3月の最高裁決定まで実に27年弱もの審理期間を経たにもかかわらず,ほとんど全くと言ってよい程に証拠開示はされなかった。そして,この第1次再審請求手続では,ついに袴田さんの再審開始は認められなかった。
       これに対し,2008年4月申立の第2次再審請求では,弁護団においても積極的に証拠開示請求に取り組む方針をとり,これに対して検察官が一部証拠の任意開示に応じたほか,裁判所も証拠開示について前向きな姿勢を示し,裁判所による証拠開示勧告もなされ,実に600点余りに及ぶ証拠が開示された。そして,これらの開示証拠の中には,袴田事件にとって最重要証拠とされてきた「5点の衣類」に関して,確定判決の事実認定に大きな疑問を投げかける証拠が含まれていた。
       すなわち,5点の衣類は,犯行から1年2か月以上が経過した後の第1審の公判手続中に,犯行現場付近の味噌工場内の味噌タンクの底付近から発見されたものであるところ,確定判決では,それが袴田さんの犯行着衣であり,袴田さんが味噌タンクの底付近に隠匿したものだと認定されていた。しかしながら,第2次再審請求手続において開示された証拠の中には,5点の衣類が発見されて間もない時期に撮影されたとみられるカラー写真も含まれており,初めて明らかとされた各衣類の生地や血痕等の鮮明な色彩は,それらが1年2か月もの長きにわたって味噌タンクの底に隠匿されていたとする事実認定を,大きく動揺させるべきものであった。
       そして,2014年3月の静岡地裁での再審開始決定は,5点の衣類のDNA鑑定結果とともに,新たに開示された5点の衣類のカラー写真も含めて,5点の衣類の色に関する証拠群も明白性のある新証拠と評価しており,それらが再審開始に大きく影響したことが明らかである。
       さらに,不当にもこの開始決定を取り消して再審請求を棄却した2018年6月の東京高裁決定は,再度,2020年12月の最高裁決定により取り消され,現在は,審理不尽を理由とする差戻し審での審理が続いている。そして,この最高裁決定が東京高裁決定を取り消した理由は,発見当時の5点の衣類に付着していた血痕には赤みが残っていたこを前提として,1年余りみそ漬けにされた血痕に赤みが残る可能性の有無について,専門的知見に関する審理が尽くされていないとして,東京高裁決定には審理不尽の違法があると判断したものである。ここでも,第2次再審請求手続において新たに開示された証拠が,実質的に大きく影響したものと評価される。
    3. (3) このように,袴田事件の審理経過は,再審手続における証拠開示の制度化がいかに重要であるかということを,顕著に裏付けるものに他ならない。
       したがって,再審請求手続においても,通常審において必要とされているのと同様に,全面的な証拠開示の制度化を早急に実現しなければならない。
  10.  

  11. 6 袴田事件に顕在化する現行再審法の深刻な問題点の第2は,検察官による不服申立てがもたらす弊害である。
    1. (1) 日本の再審手続では,長い年月をかけて再審開始決定を得たとしても,それに対する検察官の不服申立てによって,更に審理が長期化し,時には再審開始決定が取り消され,振り出しに戻るという事態が繰り返されてきた。
       そのため,えん罪被害者の救済が長期化し,極めて深刻な状況となっている。
       1961年に三重県内で発生した「名張毒ぶどう酒事件」の被告人であった奥西勝さんは,確定審の第1審では無罪判決を受けていた。もっとも,この無罪判決は,検察官控訴により控訴審で取り消されて死刑が言い渡され,この判決は1972年に確定してしまった。その後,奥西さんは,7次にも及ぶ再審請求を重ね,ついに再審開始決定を得た(2005年4月5日名古屋高裁決定)にもかかわらず,検察官による異議申立によって異議審で取り消されてしまった。そして,奥西さんは,第9次再審請求の最中であった2015年10月に,確定死刑囚という立場のまま89歳で亡くなった。
       また,1979年に鹿児島県内で発生した「大崎事件」の被告人であった原口アヤ子さんは,第1次再審請求において再審開始決定を受け(2002年3月26日鹿児島地裁決定),また,第3次再審請求においても再び再審開始決定を受けるとともに(2017年6月28日鹿児島地裁決定),即時抗告審でも再審開始の判断が維持されており(2018年3月12日福岡高裁宮崎支部決定),実に3度にわたって実質的に無罪に相当する判断を得た。ところが,これらの決定は,いずれも検察官による不服申立によって上級審で取り消されてしまった。そして,大崎事件は,現在も第4次再審請求の審理中であるが,原口さんは既に95歳となっており,脳疾患により療養中の身である。
       無罪判決や再審開始決定を受けながら,確定死刑囚としての立場のまま亡くなられた奥西さんの無念は,察するに余りあるものである。また,実質的に3度にわたって再審開始の判断を得ていながら,未だにえん罪を晴らすことができないまま95歳の高齢となり,療養中の身にある原口さんの救済には,一刻の猶予も許されない状況にある。
    2. (2) そして,このように深刻な状況は,袴田事件においても同様である。
       袴田事件では,2014年3月27日に静岡地裁で再審開始が決定され,死刑の執行が停止されるとともに拘置の執行も停止され,袴田さんは,1966年8月の逮捕から実に47年ぶりに釈放されるに至った。また,この時点で袴田さんは既に78歳の高齢であった上に,精神面には無実の死刑囚としての拘禁反応による妄想等の障害を抱える状況でもあった。
       しかるに,検察官により即時抗告の申立てがなされ,2018年6月には,東京高裁において,原決定を取消し再審請求を棄却するとの決定がなされた。もっとも,この不当な高裁決定は,2020年12月に,さらに最高裁によって取り消され,東京高等裁判所に差し戻されて,現在もなお同裁判所に係属したままであり,ようやく来る3月13日の決定が予告された段階である。
       このように,袴田事件では,再審開始決定がなされてから間もなく9年になろうとしている現在でも,再審公判手続すら開始されないままである。
       しかも,この間に袴田さんは87歳を迎えようとしており,また,本事件の請求人であるとともに袴田さんの無実を信じて献身的な支援を続けてきた姉のひで子さんは,既に90歳に達している。袴田さん本人のえん罪被害からの救済はもとより,その生涯のほとんどを弟の支援のために捧げてこられたひで子さんの悲願の成就には,もはや,一刻の猶予も許されないところにある。
    3. (3) そもそも,再審は,えん罪被害者を救済するための「最終手段」であり,無実を訴える者の人権保障のためにのみ存在する制度である。
       また,いったん再審開始決定が出されたということは,確定判決の有罪認定に対して合理的な疑いが生じたということであり,もはや確定判決の正当性は失われており,誤判を是正する必要性に比べて確定判決を維持しておくべき利益は小さなものになっていると言える。この点,仮に検察官が確定判決の正当性を主張する必要があると考えたとしても,再審公判においてそのような主張を行う機会は十分に保障されている。
       さらに,長い年月をかけて再審開始決定を得たとしても,それに対する検察官の不服申立てが許容されるままであれば,再審開始要件という高いハードルを一度は越えることができた者に対して,更に重い防御の負担を課し,きわめて長い審理時間の甘受を強いる結果になってしまう。これでは,えん罪被害者の速やかな救済はおよそ期待できず,憲法適合性にも疑義を生じかねない。
       何より,袴田さんを含め,多くの再審事件において,一度は再審開始決定を得た者たちが,きわめて長期にわたって再審公判を迎えることすらできないまま,深刻なえん罪被害からの救済を得ることができない状況に置かれ続け,時には,死亡等によってその機会を永遠に奪われてしまいかねないという現状は,人権保障の観点からも,絶対に看過することができない。
       したがって,再審請求手続の無用な長期化を防ぎ,えん罪の被害者の迅速な救済を実現するためにも,再審開始決定に対する検察官による不服申立ては,速やかに禁止されるべきである。
  12.  

  13. 7 当会は,袴田事件に関する再審開始決定を受けて,2014年4月21日に,袴田事件再審弁護団及び元島田事件再審弁護団有志らと共同で「袴田事件を契機としてえん罪を根絶するための共同意見書 ―取り調べの可視化,証拠の全面開示及びえん罪事件の検証機関の設置を求める―」を公表している。
     しかしながら,それからまもなく9年が経過しようとしている現在においても,再審法は何ら改正されることなく,現在に至っている。
     そして,袴田事件を審理中の東京高裁第2刑事部(大善文男裁判長)は,昨年末に検察・弁護の双方から最終意見の提出を受け,本年度末までに決定することを予告しており,まさに今,袴田さんの再審開始に向けた機運に大きな高まりが見られている。
     何より,東京高裁第2刑事部が,改めて袴田さんに対する再審開始を決定したとしても,検察官による不服申立,すなわち特別抗告によって,袴田さんの救済や,姉ひで子さんの悲願の成就が,さらに遠のいてしまうような事態は,断じて容認することができない。
     再審法改正の必要性を広く市民に訴え,これを速やかに実現するには,今をおいて他にないところであり,当会の総会における決議を提案する次第である。

 

以上

 

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