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2025年(令和7年)3月7日、政府は、日本学術会議法案(以下「本法案」という。)を国会に提出した。本法案は、現在の日本学術会議(以下「学術会議」という。)を廃止し、特殊法人たる「日本学術会議」(以下「新法人」という。)を新設するものである。
しかし、本法案の内容は、ナショナル・アカデミーとしての学術会議の根幹をなし、学問の自由(憲法第23条)に由来する独立性・自律性を大きく損なわせるもので、到底容認できない。 -
現行の日本学術会議法(以下「現行法」という。)に基づいて設置された学術会議は、広く国際的に認められたナショナル・アカデミー5要件(①学術的に国を代表する機関としての地位、②そのための公的資格の付与、③国家財政支出による安定した財政基盤、④活動面での政府からの独立、⑤会員選考における自主性・独立性)を満たす日本の科学者を代表する団体として国内外に公知されている。
学術会議は、時の政府に対し、その時々の時勢や利害関係にとらわれずに、科学的な根拠に裏付けられた提言をする役割を担ってきた。政府に対する勧告や諮問に対する答申(現行法第4条、第5条、本法案第38条、第39条)の権限を十分に機能させるために、学術会議には、一層の政府からの独立性、組織としての自律性が求められる。
また、日本国憲法が学問の自由を特に保障する趣旨は、明治憲法時代に国家権力が学問の自由を侵害した歴史を踏まえ、その反省に立ち、学問に対する国家権力の介入を排除するところにあり、憲法第23条は、個々の研究者の人権としての学問の自由のみならず、大学その他の学術組織の自治や自律性を制度として保障するものである。
このようなことからすると、学術会議の独立性・自律性は、堅持されなければならないものである。 -
政府主導の学術会議の組織改編の問題は、2020年(令和2年)10月1日、当時の菅内閣総理大臣が学術会議の会員候補者6名の任命を拒否したことに端を発している。任命拒否後、時を置かずして学術会議の組織改編の議論が開始され、繰り返されてきた結果、最終的には内閣府が設置した「日本学術会議の在り方に関する有識者懇談会」が2024年(令和6年)12月に報告書を公表し、同報告書に基づいて作成されたのが本法案である。
一方政府は、任命拒否の問題についてはその具体的な理由も示さず、学術会議は法定の会員数を欠いた違法な状態の継続を余儀なくされている。当会は、2020年(令和2年)10月28日発出の会長声明にて、同任命拒否は、現行法によって内閣総理大臣に付与された権限の範囲を超え、憲法第23条が保障する学問の自由を脅かすものであるとの問題点を明示して抗議した。政府が同任命拒否にかかる自らの責任は不問として、学術会議に対する政府の介入を可能とする仕組みを新たに盛り込んだ本法案を国会に提出したことは、到底容認できない。 - 本法案では、学術会議が職務を「独立して」行うという現行法第3条の文言が踏襲されず、政府を含む外部の介入を許容する新たな仕組みが幾重にも盛り込まれている。その仕組みとは、会員以外の者から会長が任命する科学者を委員とし、会員の選定方針等について意見を述べる選定助言委員会(本法案第26条、第31条)、会員以外の者から会長が委員を任命し、活動計画の作成、予算の作成、組織の管理・運営などについて意見を述べる運営助言委員会(本法案第27条、第36条)、内閣府に設置され、内閣総理大臣が委員を任命し、中期的な活動計画の策定や業務の実績等に関する点検・評価の方法・結果について意見を述べる日本学術会議評価委員会(本法案第42条第3項、第51条)、内閣総理大臣が任命し、業務を監査して監査報告を作成し、業務・財産の状況の調査等を行う監事(本法案第19条、第23条)という各機関の設置である。これらの各機関の設置は、活動面における政府からの独立性、及び会員選考における独立性・自律性というナショナル・アカデミーたる組織の根幹部分に大きな制限を設けるものである。
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さらに懸念されるのが、新法人の会員の選任方式である。会員は「優れた研究又は業績がある科学者」のうちから選任されるが(本法案第9条第2項)、会員候補者の選定に際しては「会員、大学、研究機関、学会、経済団体その他の民間の団体等の多様な関係者から推薦を求めることその他の幅広い候補者を得るために必要な措置を講じなければならない」とされ(本法案第30条第2項、附則第7条第3項)、諸外国の多くのナショナル・アカデミーが採用している標準的な会員選考方式であるコ・オプテーション(現会員が会員候補者を推薦する方式)による選考方式が損なわれるおそれがある。
これとは別に、新法人が発足する際の会員の選任方式については、コ・オプテーションは採られず、「候補者選考委員会」が会員予定者を選考し、かつ内閣総理大臣が指名する有識者との協議が要求される。これにより現在の学術会議から新法人への人的連続性も断たれることとなる点も問題である。 - 本法案に対しては、学術会議自身が、2025年(令和7年)4月15日の総会において「科学者の代表により起草された現行法を廃止し、学術会議の理念や組織の骨格を定める内容の法案を政府が提出した」ことに対する遺憾の意を表明すると共に、国会に対して法案の修正を求める決議を採択していることも、重く受け止められなければならない。
- 以上により、当会は、現在の学術会議を廃止し、学術会議の独立性・自律性を大きく制約する新法人を設立することになる本法案に反対し、学術会議の独立性・自律性を従前どおり確保することを求める。
2025年(令和7年)5月7日
静岡県弁護士会
会長 村松 奈緒美
静岡県弁護士会
会長 村松 奈緒美
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