再び違法収集証拠排除法則による無罪判決がなされたことを受けて、静岡県警察及び静岡地方検察庁に対し再度強く抗議をする会長声明 

  1. 静岡地方裁判所は、2025年(令和7年)3月17日、覚醒剤取締法違反被告事件において、警察官らが、内容虚偽の捜査報告書を作成し、令状担当裁判官の判断を誤らせて強制採尿令状を発付させ、かつ、令状発付までの間、違法に被告人を留めおき令状を執行したと認定し、一連の捜査手続には重大な違法があり、そのような違法捜査に基づき得られた証拠及びこれと密接に関連する証拠には証拠能力がないものとして証拠から排除し、被告人に対して無罪の判決を言い渡した(同年4月1日確定)。

     

    判決によれば、警察官らは、被告人に対して腕の注射痕の確認を求めたり覚醒剤に関する質問をしたりした事実はなかったのに、本件強制採尿令状請求の疎明資料とされた捜査報告書に、被告人が腕の注射痕の確認を頑なに拒否し、覚醒剤に関する質問にも一切答えない旨の虚偽の事実を記載した。また、別の捜査報告書に、被告人が発言していない虚偽の内容を記載した。これらの点は、令状請求を受けた裁判官が令状を発付するに足りる嫌疑があるか否かの判断をする上において極めて重要な事情であった。
    裁判所は、「警察官らの一連の行為は、嫌疑の程度に関する重要な事実を偽ることにより、令状審査担当裁判官の判断を大きくゆがめるものであり、また、警察官らに令状主義に関する諸規定を潜脱する意図があったことを示すものである。」とし、「虚偽の疎明資料を提出して本件強制採尿令状を請求し、その発付を得た捜査手続きの違法性の程度は、令状主義の精神を潜脱し、没却するような重大なもの」だと厳しく断罪した。
    そして、そのような違法な令状の執行のために被告人を具体性に乏しい嫌疑で留め置くなどし続けた捜査官の措置についても「任意捜査として許容される範囲を逸脱した違法なものといわざるを得ない」と認定し、「一連の捜査手続には、令状主義の精神を潜脱し、没却するような重大な違法がある。」とした。
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  3. これまでに当会は、下記(1)の判決を受けて、2013年(平成25年)12月13日に会長声明を発出し、捜査機関に対して強く抗議し、再発防止に努めるよう求めた。ところが、2016年(平成28年)に、下記(2)、(3)の違法捜査を認定する判決が2件続いたため、同年12月20日付で再び会長声明を発出し、捜査機関に対して猛省を促すべく、事実糾明と厳正な処分、そして、法令、判例、裁判例の教育徹底など再発防止に努めることを改めて強く要請した。
    1. (1) 2013年(平成25年)11月22日,静岡地方裁判所
      捜索時に警察官が被告人に対して暴行を加えた上、令状に基づかない実質的な逮捕を行い、弁護人選任権行使を妨害して取調べが行われた
    2.  

    3. (2) 2016年(平成28年)6月24日,東京高等裁判所(原審静岡地方裁判所)
      警察官が強制採尿令状請求の際、覚醒剤使用の嫌疑を抱いた経緯に関し、意図的に虚偽の疎明資料を提出した
    4.  

    5. (3) 2016年(平成28年)9月5日,静岡地方裁判所浜松支部
      法令上の要件を欠くにもかかわらず,警察官が被告人の自宅に立ち入り被告人の体を複数で押さえつけるなどして制圧した

    ところが、またもや捜査機関による違法手続の事案が生じたのであり、決して看過することはできない。しかも、本件と上記(2)は、共に、警察官が令状請求のための虚偽の疎明資料を提出した事案である。捜査機関は、一度裁判所に断罪された違法行為と同じ違法を再び犯したのである。このことは、被疑者・被告人の人権を無視した違法行為というにとどまらず、司法の公正を根幹から揺るがすものであり、社会としても絶対に許容してはならない。
  4.  

  5. 令状主義(憲法35条)は、基本的人権の保障にかかわる憲法上の極めて重要な原則である。そして、刑事手続のルールを定める刑事訴訟法は「刑事事件につき、公共の福祉の維持と個人の基本的人権の保障とを全うしつつ、事案の真相を明らかにし、刑罰法令を適正且つ迅速に適用実現することを目的とする」(同法第1条)。
    捜査機関が公権力を行使するにあたっては、憲法、法令を遵守しなければならない。我が国の現在の法制度は、法令遵守を無視ないし軽視した公権力が暴走し、治安維持の名目のもとで人権侵害が横行された過去の様々な歴史、事件の反省から生まれている。捜査の必要性は憲法、法令を逸脱した捜査を許容する理由にはなりえない。
    そして、違法収集証拠排除法則を明らかにした最高裁昭和53年9月7日判決は、捜査手続に「令状主義の精神を没却するような重大な違法があり、これを証拠として許容することが、将来における違法な捜査の抑止の見地からして相当でないと認められる場合においては、その証拠能力は否定される」として、将来の違法捜査の抑止のために、違法捜査で収集された証拠に対し厳しい態度を示しているのである。再び違法収集証拠排除法則による無罪判決を受けるような事態は、将来の違法捜査抑制のために違法収集証拠排除法則を適用した、これまでの裁判所を愚弄するものとすらいえる。
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  7. 2024年9月26日に言い渡されたいわゆる「袴田事件」の再審無罪判決(同年10月9日確定)においては、「捜査機関による3つのねつ造」を裁判所が認定をして、静岡県警察及び検察庁に対してその捜査手法の違法性を強く非難しているところである。本件は、捜査機関において「ねつ造」を許容する姿勢が今なお根絶されていないことを懸念させる。「捜査機関によるねつ造」は過去の問題ではない。本件のように今でも実際に起きうるもので、それはえん罪のリスクを孕むことを忘れてはならない。
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  9. 改めて、当会は、静岡県警察及び静岡地方検察庁に対し、本件につき強く抗議するとともに、なぜこのような事態が生じたのか厳正な調査を行い、事実を究明した上で、違法捜査に関与した警察官らに対して厳正な処分を行うことを求める。そして、今度こそ二度と違法捜査が行われないように徹底した防止策を講じることを求める。

 

2025年(令和7年)5月1日
静岡県弁護士会
会長 村松 奈緒美

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