静岡地方最低賃金審議会は、本年8月頃、静岡労働局長に対し、本年度静岡県最低賃金改正の答申を行う予定である。昨年、同審議会は、静岡県の最低賃金を時間額984円から50円引き上げて時間額1034円とする答申を行い、静岡労働局長は、昨年10月1日から、静岡県の最低賃金を同審議会の答申どおり時間額1034円に改正した。
しかし、静岡県の時間額1034円という水準は、正社員を含むフルタイムの労働者(一般労働者)の所定内労働時間である152.6時間(「毎月勤労統計調査 令和6年10月分結果確報」)で換算すれば、月収約15万8000円、年収約190万円にしかならず、ワーキングプアと呼ばれる水準である200万円に届いていない。
また、全国労働組合総連合が2025年5月に発表した静岡県立大学短期大学部中澤秀一准教授監修の全国最低生計費試算調査の結果によると、25歳単身・賃貸住居の場合、人並みの生活に必要な費用は、月約25万5000円であり、これを時間額に換算すると、最低でも1671円が必要である。
つまり、現在の水準では、労働者が賃金だけで自らの生活を維持していくことは到底困難である。昨今の、消費者物価の大幅な上昇が続いている状況下ではなおさらである。
したがって、最低賃金を大幅に引き上げ、最低賃金付近の低賃金で働く労働者の貧困を解消することが求められている。
2025年の各国の最低賃金額をみると、イギリスでは、4月に21歳以上の者の最低賃金が11.44ポンドから12.21ポンド(約2344円)に引き上げられた。ドイツでは1月に12.41ユーロから12.82ユーロ(約2064円)に引き上げられた。アメリカは、地域によって開きがあるものの、ワシントンDCでは17.00ドルから17.50ドル(約2607円)、ニューヨーク州では15.00ドルから16.0ドル(2384円)へ引き上げられた。
このように各国で最低賃金の引上げが実現していることに加え、我が国の最低賃金の水準が依然として低いことから、2025年度の大幅な引上げが必要である。
最低賃金の地域間格差が依然として大きく、格差が是正していないことも見過ごせない。
2025年の最低賃金は、最も高い東京都で時間額1163円であるのに対し、静岡県の時間額1034円との差は129円である。一方、最も低い秋田県は時給951円であり、東京都と212円もの開きがあった。しかし、前出の最低生計費調査によれば、都市部と地方とを比較した場合、都市部に比べ、地方では家賃は低いものの生活のためには自動車が必要となることから、最低生計費は地域間でほとんど差が生じていないことが明らかとなっている。
最低賃金の高低と人口の転入出には強い相関関係があり、最低賃金の格差は、最低賃金が低い地域の経済停滞の要因ともなっている。静岡県に隣接する神奈川県と比べた場合、神奈川県の時間額は1162円となっており、その差は128円であった。静岡県熱海市と神奈川県湯河原町の県境を流れる千歳川を境に、大きな格差が生じており人材の流出・労働力不足の深刻化が懸念される。
都市部への労働力の集中を緩和し、地域に労働力を確保することは、地域経済の活性化のみならず、都市部での一極集中から来る様々なリスクを分散する上でも極めて有効である。
したがって、最低賃金の大幅な引上げによって地域経済を活性化することが求められているのであり、早期に全国一律最低賃金制度を実現すべきである。
他方、最低賃金の大幅な引上げは、我が国の経済を支えている中小企業の経営に影響を与えることが予想される。最低賃金引上げに伴う中小企業への支援策について、現在、国は「業務改善助成金」制度により、影響を受ける中小企業に対する支援を実施している。しかし、その支援は未だ十分とは言い難い。最低賃金を引き上げても、中小企業が円滑に企業運営を行えるように充分な支援策を講じることが必要である。例えば、社会保険料の事業主負担部分を減免すること、人件費及び原材料費等の上昇を取引価格に適正に反映することを可能にするよう、法規制の充実と監視行政の充実などの支援策を実現することが不可欠である。
政府は、2024年11月22日に「国民の安心・安全と持続的な成長に向けた総合経済対策」を閣議決定し、「2020年代に全国平均1500円という高い目標の達成に向け、たゆまぬ努力を継続する」とした。この目標を達成するためにも、充実した中小企業支援策が強く求められる。
当会は、これらのことを前提として、地域経済の健全な発展を促すとともに、基本的人権擁護の観点からすべての労働者の健康で文化的な生活を確保するため、静岡地方最低賃金審議会に対し、時間額1500円を達成すべくまずは最低賃金の大幅な引き上げを内容とする答申を静岡労働局長に行うことを強く求める。
静岡県弁護士会
会長 村松 奈緒美
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